那覇マラソン2016 結果報告

12月4日、那覇マラソンに行ってきました。

フルマラソンの出場は今回で8回目。
過去全て完走してきましたが、8回目の挑戦は今までで一番辛い大会となりました。

何が辛かったかというと暑さです。
例年の那覇マラソンの最高気温は23度〜25度ですが、今年の予想最高気温はなんと26度。
ところが実際は予想を上回る28.2度。
マラソンをやるのに25度でも暑いのに、28.2度は走ってる場合じゃない気温です。
夕方のニュースで言ってましたが、12月に28度を超えたのは102年ぶりだそうです。

そんな暑さの中での大会だったので、例年の完走率は70%なのに終わってみれば53.2%と過去ワースト2位。
2人に1人しか完走してないんです。
東京マラソンの完走率がだいたい96%なので、いかに大変な大会だったのかがうかがえます。

そしてそんなに暑いのにスタート前の写真がこれ。

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(袋を持ってるのが私)

昨年よりヒゲを増量しましたw

事前の天気予報によると曇りのち雨で、予想最高気温は26度と高かったので、
「みんな無理しないで暑かったら途中で脱ぎなよ」
と言ってスタート位置に向かいました。

スタート位置に並んでいる時、気温が高いのとサンタの服が蒸れるので、立ってるだけで汗が出てきました。
午後から雨の予報なので、午前中踏ん張ればなんとかいけるのでは?と、雨に期待をしました。
しかし沖縄の天気予報は当たらない事で有名。
お願いだから今回は当たって欲しいと願うばかりです。

そんなことを考えている時にハプニングがおきました。
私の自慢のヒゲが取れてしまったのです。
マスクにワタを付けて、マスクのゴムをアフロのカツラに留めていましたが、そのゴムが切れてしまったのです。
でもこれは不幸中の幸いで、今考えれば神様が「ヒゲを取らないと危ないぞ」と告げていたのかもしれません。

 

 
【9:00】
万国津梁の鐘と共に2万6千人がスタートしました。
沿道から沢山の「サンタさん頑張って〜」の声援をもらい、それはずっと途切れる事はありません。
応援してくれている子供達にお菓子をあげると、最初はビックリした顔でキョトンとしていますが、すぐに満面の笑みになって嬉しそうにお菓子を受け取ります。
サンタに仮装して良かったと思う瞬間です。

そしてスタートして6km地点、最初の脱落者が出ました。
昨年私が倒れた時に救護を呼んでくれた河野くんでした。
彼は初マラソンの時からずっと一緒に参加していて、全て完走してきたそんな彼が、
「いや〜今回ダメかもしれないです」
と言ってペースダウンしました。
まさか河野くんがこんな早い段階でペースを落とすとは…

 

【16km地点】
第一関門まで残り5kmに来た時、後ろを走るランナーから声をかけられました。
「暑いですね〜、サンタさん。その服、暑くないですかあ?」
「いや、見た目通りメッチャ暑いです」
そう言って空を見上げると、青空に太陽が……燦々と輝いている…。
〝曇りのち雨〟の予報はどこへ行った?
〝雨〟がハズレるにしても〝快晴〟はないでしょ。
やはり沖縄の天気予報は当たらなかった。

真夏のような陽射しが重く乗しかかってくる。
そういえば沿道で倒れてるランナーが例年より多い気が…
いや、これは気のせいというレベルではなく、明らかに例年より多い。
仲間とは途中ではぐれてしまったが、みんな大丈夫だろうか…

私も暑さにやられて体が重い…
体に力が入らない…
第一関門は通過出来るのだろうか…
せめて第一関門は突破したい。

私もこの時点で、今回は完走出来ないだろうと思い始めていました。

 

【18km地点】
ここへ来るまで、何人ものランナーが沿道で倒れているのを見かけました。
今、目の前にもまたランナーが倒れている。
しかも二人。
一人は腕から血を流していて、もう一人は目を閉じている。
意識はあるのだろうか…
しばらくして反対車線から救急車が来た。
大事に至らなければいいが…
【第一関門のハーフまで残り3km地点】
これから前半最後の長い登り坂だ。
それにしても暑い。
このペースで制限時間に間に合うのか?
本来のペースで走れないから、今後の予想が全くつかない。

登り坂の途中にあるバス停で、またランナーが倒れていた。
沿道の人が、「水持ってきて〜」と叫んでいる。

更に200mぐらい進むと、私の左前を走っていたランナーがつまづいて転んだ。
しかし起き上がらない。
後から来たランナーが、「救護の方、ランナーが倒れてます」と叫んでいた。

那覇マラソンは今回で7回目だけど、こんな光景は初めてだ。
翌日タクシーに乗った時、運転手さんがこんな事を言っていた。
「昨日は救急車の数がすごかったさぁ。とにかく多かった」
と。
沖縄のタクシーの運転手さんが言うのだから、本当に多かったのだろう。

体が重いが少しペースを上げないと、おそらく第一関門を通過できない。
力を振り絞って中間地点の平和記念公園を目指しました。

 

【中間地点】
12:13 制限時間残り2分でギリギリ通過出来た。
曇りのち雨の予報は大きくハズレて、予想最高気温26度も間違いなく外れているだろうという確信があった。
それぐらい陽射しが痛かった。

そして後はどこまで走る事が出来るのか、それしか頭には無く、「完走」という二文字は消えていた。

 

【29km地点】
とうとう体の限界がきた。
もう走る事は出来ない、そう思い歩道に移動してストレッチを始めました。

太ももを伸ばしていると、後方から那覇マラソンのテーマ曲を流しながら走る車が来た。
車の上には「最後尾車」の看板が。

車からはこんなアナウンスが流れていた。
「この後、規制解除の車が来ます。この時間にこの地点では、制限時間内にゴール出来ないと思われるため、この後規制が解除されます。ランナーの方は歩道に上がって下さい」
今まで噂にしか聞いた事がなかった最後尾車だった。
まさか目の当たりにするとは…
そして私の横を通過していった。

しばらくしてコーンを回収するトラックが来た。
その後にはパトカーが、
「ランナーの皆さん、歩道に上がって下さい。規制が解除されて一般車両が来ます。速やかに車道へ出て下さい、あ、歩道に出て下さい」
間違えてる、と思いながらも笑えませんでした。

コーンを回収する車にも抜かされ、心の中で〝ハーフも含めて連続完走記録は12回でストップかあ〟そう思い、実は以前から考えていた事があって、完走出来なかった時にマラソンをやめようと。
〝今日がその日になるのか〟
そう思いながら、歩道を歩きました。

時計を見ると、第二関門の制限時間まで残り30分。
〝結構まだあるんだな。このまま歩いて第二関門に向かうと40分後、残り1kmで第二関門突破出来ずか〟
ぼんやりとそんな事を考えていたら、給水所が見えてきて、水をもらおうと歩いていくと、
「チップ(タイムを計測するもの)を回収しまーす」
と言ってランナーのチップを回収しているではないですか。
〝いやちょっと待って。せめて行けるとこまで行かせてよ〟
レース終了が現実的になりました。
そして隣のランナーがチップを取られるのを見た時、ふたたび火が点きました。
〝もうちょっと行かせてくれ〟
そう思い走り始めました。

時計を見ると残り25分。
このまま走る事が出来ればまだ間に合うか?
ちょっと微妙だけど、行けるとこまで行ってみよう。
体力は少しだけ回復していた。

諦めて歩いているランナーをかき分けながら走っていると、私以外にもまだ諦めずに走っているランナーが一人いました。
〝やっぱりまだ間に合う可能性があるんだ〟と思い、勇気付けられました。

そしてしばらくすると、聞き覚えのある音楽が前方から聞こえてきました。
那覇マラソンのテーマ曲です。
随分前に抜かれた最後尾車が、200mぐらい前方に見えました。
〝捉えた。あの車を抜けば、まだ第二関門突破の可能性がある〟
そう思い無我夢中で走りました。

そして第二関門まで残り2kmのあたりで最後尾車に追いつきました。

 

【第二関門まで1km】
あと1kmの所まで来た時、自転車に乗って応援に回っている仲間に会いました。
その仲間に、みんなは通過出来たか聞くと、通過したのは中島カップルの2人、河野くん達3人は第一関門を通過出来ず、妻は26km地点までは走っていたけど、今はどこを走ってるか分からないという事だった。

妻は第一関門を通過出来ないと思っていたのでビックリしたのと同時に、俺も頑張らないとと思った。

そして完全に諦めていた第二関門の看板が見えた。
その看板の横に、〝残り2分〟の表示。
あと100m。
やった間に合った。
歩いても間に合うと思うが、何が起こるか分からないからとりあえず走ろう。

こうして奇跡的に第二関門まで通過する事が出来ました。

 

【第二関門通過 残り8km】
正直ここまで来られただけでも充分でした。
無理して去年みたいに担架のお世話になっても良くないし、仕事に影響が出ても良くないから。
そう思いながら、走ったり歩いたりを繰り返しました。

 

【残り6km】
また足の爪が剥がれかかっている。
もう走れない。
多分両足の親指、左足は人差し指と中指もいってるかな?
残り時間45分で6km。
歩いたら1時間はかかる。
ここまでか…

すると沿道から
「サンタさん諦めないで〜」
の声が。
「サンタさん頑張れ〜」
何人もの人が声援を送ってくれていました。
子供もお母さんも女子高生も。
〝サンタ目立つなぁ、サボらせてもらえない〟

また走り始めた。

 

【残り2km】
あと15分。
沿道から
「歩くな〜、間に合わないぞ〜」
おじさんが叫んでます。
歩くと間に合わないのは分かってるんですけど、足の爪が痛くて…

また歩いた。

50mぐらい歩くと、今度はマイクを使って子供が応援しています。
「みなさーん、頑張って下さーい。あと少しですよー」
ホッコリしてその子を見ながら歩いていると、
「サンタさん、頑張って下さーい」
私は手を振り、苦笑いしながらまた走り始めた。
いろんな人にムチを打ってもらったお陰で、とうとう奥武山公園(ゴールがある公園)の入口が見えてきた。
あと3分。
歩いたら間に合わないから、もう走るしかない。
あと500mだろうか?
ここまで来たら絶対に完走したい。
ゴールがある競技場の入口が見えてきた。
今年もテレビカメラの前ではお腹を引っ込めて通過した。

そして遂に、諦めていたゴールゲートが視界に入った。
規制解除の車に抜かれた時は、完全に諦めていたゴールが目の前にあるんです。
初マラソンの時よりも、去年の担架で運ばれた時よりも、もっと記憶に残る大会になりました。

そんな感極まった時、妻から電話がなった。
「今どこ?」
私はゴールゲートを目の前にしてる事を伝えると、
「ホント?完走出来たの?サンタで?良かったね〜」
と言ってくれました。
私は妻にどこに居るか聞くと、
「今ゴールしてメダルもらうとこ」
え?ゴールした?
私より後ろに居たと思ってたのに、前?
詳しく聞くと、途中でサンタを脱いで頑張ったらしい。
それにしても、この暑さの中、よく頑張ったと思います。

そして私は、6時間15分でゴールゲートをくぐりました。(ちなみに制限時間は6時間15分)

またマラソンは私に教えてくれました。
目標を高く設定すれば、途中のハードルは低くなるから高くした方がいい事もあるけど、時には目標を小さくして目の前の小さなハードルを一つ一つクリアする事も大切だと再認識させてくれました。

やっぱりマラソンはオススメです。
皆さん、走りましょう

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